ドロップアウト産婦人科医の生活

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カテゴリ:おかあさん( 39 )

再開してみます

おひさしぶりです。

一旦はやめようと思ったブログですが、何だか削除できないまま、2年近く経ち、最近また書きたくなってしまいました。

今までいろいろありました。


実は、お母さんは再発しました。

ブログをやめた後、しばらくの頃です。

あれから、私は常勤に戻り、自分の病院で、お母さんの治療を主治医として診ることにしました。

最初は症状もなく、腫瘍マーカー上昇だけの再発所見で始めた化学療法でした。

検査のわずかな異常にも神経質になってる私とは対照的に、当時のお母さんは、

「何にも症状ないのに、どうしてまた抗がん剤やらなくちゃいけないの?」

と不服そうでした。あんなに辛かった抗がん剤だったからね、そりゃそうだよね。

自分が今まで得た経験や知識や人脈を駆使し、様々な先生からもいろんなアドバイスをもらいながら治療にあたりました。

いつもよく使う馴染みの薬でも、いざ自分の母親に使うと思うと怖気づきました。

使ったことのない薬や認可されていないものは尚更です。怖くて断念した薬も幾つかあります。

でも自分ながら、よくやったと思っています。

お母さんを説得し、薬の効果に一喜一憂し、祈るような思いで、今まで1年半にわたり、様々な薬を試してきました。

パクリタキセル
カルボプラチン
イリノテカン
シスプラチン
ジェムシタビン
ドセタキセル

肝臓転移には、ラジオ波焼灼術も2回やりました。

でも再発した癌の勢いは止まりません。

「いつまでやるの?」「これやったら終わり?」

お母さんは、よく私に聞くんだけど、ごめんね、ちゃんと返事できなくて。

人間、どんなに辛く苦しい治療でも、治る見込みがあるから頑張れるんです。

先の見えない治療をまた繰り返す日々。自分だったら頑張れるだろうか。

ほんとよく頑張ってるよ、お母さん。

最近ちょっと元気がないなぁって気になってたある朝、荒い呼吸をしながら

「体がだるくて起きられない」

ってお母さん。

触ってみると、手足が氷のように冷たくなっていました。

家庭用血圧測定も、「測定不能」になっちゃうし、慌てて入院させてみたら、心タンポナーデになっていました。

癌性心膜炎になっていました。

私は初めて遭遇した、思いもかけない急激な再発症状に驚き、そしてそこまで進んでしまった現実に打ちひしがれました。

でも、循環器や外科の先生達に助けてもらって、退院するまでに回復し、今は家で静かに過ごしています。

そしてもうこれ以上の抗がん剤はやめることにしました。

ICUで、酸素マスク越しに「このまま死んじゃうの?」とお母さんに聞かれた時、
私は、もっと早く抗がん剤やめておけばよかったと後悔しました。

そして、泣いて言葉が出ない私を見て、

「自分を責めちゃいけないよ。」とも。

「こんなに沢山治療やったんだから悔いはない。」って。

心嚢水や胸水も抜けて、体も次第に楽になり、家に帰ることもできて、例えこれが一時的でも、本当によかった。

私が「もう抗がん剤はやらないから」って言ったら、お母さんはそれはそれは嬉しそうでした。

退院の目途が立つと、お母さんは、家に帰ってからのやることリストを書き出していました。

友達とお茶したり、お見舞いのお返しを送ったり、定期預金を下ろしてきたり。

気付くと、鬱はすっかりなくなったようで、いつもの抗鬱剤も、いいのか悪いのか、袋の中にしまわれていました。

ちょっと長く歩いたり、喋ったりすると息が上がってきますが、今は早起きして時々ご飯も作っています。

主婦の仕事ができることがとても嬉しそうです。

これからは、お母さんらしく、好きなように過ごしてね。

私もつい不満ばかりの日々だったけど、もう一度、一分一秒を大切に、今を感謝していけるようにしていきたいです。

そんな気持ちでまた始めてみます。


神様、お母さんをどうかどうかお守りください。
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by kurukuruX | 2008-06-06 00:32 | おかあさん | Comments(3)

告知

最近、うちの病院の方針で、すべての患者さんに対して、病名の告知を希望するかどうかの意思確認みたいなものを、事前に書面でとるようにするようです。

そして医療側からの本人への説明がどこまでされているかを明らかにして、主治医だけが把握しているのではなく、どの医師が見ても分かるように、食い違いがないようにするのも目的の一つのようです。

病名の告知、ここでは特に癌などのような疾患が対象です。

きっと世の中ほとんどの人が、自分の体、病気のことだから、告知してほしいと、「はい」のところに○を付けるのではないかと思います。

患者さんと一緒に治療を進める上では、告知は確かに必要不可欠だと私も思っています。

もちろん、すべての人に対してビシバシと告知していく訳ではなく、小児や高齢者、または個人の背景などを考えながら、臨機応変に対応するべきだとは思いますが。

中には、ズバッと告知せず、ヤンワリと徐々に本人に「気付かせる」ことを良しとする、ベテランの先生方もいます。

これも、微妙な、難しい問題です。


説明会を聞きながら、ふと、お母さんの時のことを思い出しました。


私が初めて、お母さんのお腹の中に溜まっている腹水をエコーで発見した時、CTでお腹の中が既に癌だらけになっているのが分かった時、一瞬にして、お母さんの予後が予測できてしまい、私はつい、嘘をついてしまいました。

上司には、告知しないでほしいと頼みました。

その時、お母さんは鬱もひどくて、ただでさえ生きる気力がない精神状態なのに、そんなこと言ったら・・・、すべて私の独断でした。

手術の直前まで、お母さんは、自分の病気は良性のものだという、かすかな希望に賭けていました。

手術の前の、たくさんの精密検査を受ける、あまりにもしんどそうなお母さんを見て、私は、何度、すべて投げ捨てて、病院から連れて帰ろうかと思ったか分かりません。

大きな手術なだけに、この手術が最後になるかもしれない、麻酔から覚めたら人工肛門とかが付いているかもしれない、なんて考えたら、やっぱりちゃんと言っておいた方がいいんじゃないかと悩みました。

手術の前日、憔悴し切った私が「お母さん、あのね、病気のことなんだけど・・・」と葛藤しながら切り出すと、お母さんは分かっているのか、

「言いたくないことは、無理して言わなくてもいいよ。」と言いました。

私はただ、告白することによって、自分が楽になりたかっただけなのかもしれません。

幸い、手術も無事に終わって、術後にすべてを告知し、その後の目まぐるしい抗癌剤の治療も、流されるように、でも頑張ってついてきてくれました。長かった鬱状態も、新しい目標ができたせいか、自然と良くなっていました。


自分の病気を受け入れるまで、時間はたくさんかかります。

人は、突然自分に降りかかった出来事、医師から突然「あなたは癌です。」と言われ、「はい、そうですか。」と、簡単に前向きになれるわけでもありません。

時間が、とにかく必要だと思います。

でも時間がたてば、きっと頑張る気力も湧いてくると思います。

今では、お母さんと美味しいものを食べたりした時には、「こんな美味しいものも、これが最後かもねー。」なんて笑いながら、冗談も言えるようになりました。

でも、今でも、手術前日の、あの病室での光景を思い出すと涙が出てきます。

お母さんも、あの時の私の辛そうな姿は、今でも忘れられないと言っています。
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by kurukuruX | 2006-09-18 17:56 | おかあさん | Comments(21)

誕生日

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病気が再発せず、ニコニコ元気でいてくれることが、何よりもうれしいです。

神様、ありがとう。
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by kurukuruX | 2006-09-08 20:19 | おかあさん

笑顔

長い抑うつ状態から、アモキサンのお陰でみるみる元気になった、おかあさん。躁状態の一歩手前の気がしたので、かかりつけの先生に差し出がましく相談し、セレニカRを処方してもらいました。どうやら調子がいいようです。

最近は、私が仕事に出かける時、外まで見送ってくれます。
「いってらっしゃい。」
屈託のない笑顔が朝日に輝いていました。
つられて思わず、自分もニッコリ、「いってきます。」

人をもニッコリさせるほどの笑顔なんて、最近忘れていました。

過酷な勤務医生活の頃は、職場ではスタッフや患者さんに、そして家族や友人に、常にギスギスした態度だったなー、私。

笑うと免疫力も上がるって言うし。
笑顔って大切です、自分にも他人にも。

そういえば、週刊誌やテレビで見る雅子サマも、心から笑顔になれる日が早く来るといいなー。
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by kurukuruX | 2006-08-09 22:47 | おかあさん | Comments(16)

お墓参り

お母さんの定期検診の帰り道、ふと思いついて、お墓参りをしてきました。

お彼岸でもお盆でもないこんな日の墓地は、閑散として誰もおらず、どこのお墓のお供えもお花も、干からびていました。

黒光りした、周りの立派なお墓の中、うちの質素なお墓は、以前にも増して、右に少し傾いていました。ふふ、ちょっと滑稽です。

幸い、お母さんの経過も順調で、感謝したい気持ちでいっぱいだったせいか、ご先祖様のお墓が妙にいとおしく、汲んできたお水で、せっせとお墓を磨き、お花とお線香をあげました。


お母さんがこの先も楽しく過ごせますように。


昔気質な父親とケンカしながらも、共働きで頑張って、受験の時やら私が医者になるまで、何かと気にかけてくれたお母さん。
自分の病気を子供が見てくれる、なんて巡り合わせも、お母さんが今までやってきたことが還元されてるってことだよ。

そういえば、私の、野菜や物作り精神は、おばあちゃん譲りらしい。

買ってきた豪華な花も供わって、おぉー、立派になったじゃん、うちのお墓。
こんなこと、今まで滅多にしたことなかったよ。

昔の先祖様と、今の私達の暮らしとは全然違うだろうけど、会ったこともない先祖様に思いをはせ、今の自分がいることに感謝し、自分のことをもっと大事にしなくちゃなーと思いました。
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by kurukuruX | 2006-07-06 22:32 | おかあさん | Comments(2)

南海キャンディーズ

うちのお母さんはかなり、時代に乗り遅れています。
携帯電話もいまだに使えません。
ひと昔前、自宅の電話の子機を、携帯電話代わりにバッグに入れて出かけたこともあります。

そんなお母さんの最近のお気に入りは、しずちゃんです。
お笑いなんて全然興味なかったのに、テレビにしずちゃんが出てると、
「あ、しずちゃんだ!しずちゃんだ!」と喜んで見ております。
「おー、お母さんもイマドキの波に乗れてるなー。」と思ってたら、

「大きな子だねー。一体この子は男なの?女なの?」

って、なーんだ、興味があったのはどうやら外見のようでした。

落ち込みがひどくて、テレビも集中して見ることができなかったお母さん
なので、いいリハビリになってるしずちゃん、ありがとう!

相方の山ちゃんがようやくちょっと面白く感じるくらいですかね、
私の感想は。
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by kurukuruX | 2006-06-07 23:03 | おかあさん | Comments(3)

毎日、母の日

昨晩もお産やら急患やらでヘロヘロでした。
ついてない。

お昼は面倒くさいので、帰り道、行きつけの10個入り250円のたこ焼きを
2皿買って昼過ぎに帰宅しました。

お母さんは、おいしいねーと食べながら、ふと
「毎日、母の日だわ。」
と言ってくれました。

今はフラフラしてるけど、そのうち私も人並みに結婚して、孫も作るからさ、
それまで待っててよね。
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by kurukuruX | 2006-05-20 00:31 | おかあさん | Comments(7)

あっちむいてホイ

数ヶ月の躁状態から一変して長いうつ状態を彷徨っているお母さん。
せっかく授かっているガン小康状態の貴重な時間も楽しめずにいます。
焦っているのは私ばかりで、本人はガンよりこっちの方が辛いらしい。

本人もさることながら、それを支える家族の忍耐とエネルギーは、相当のものだということを実体験から学びました。
だから、うつの患者さんに遭遇すると、医者の立場を超えて、当人とその家族に心から労をねぎらたい。
雅子様のこともテレビの画面からいつも応援してる。
「励ますな」とか「薬に期待しろ」とかきれいごとばかりじゃない。
現実はなかなかうまくいかないし、もちろん教科書通りでもない。
こっちが余裕ないとほんと一家心中なんて事態、気持ちよく分かる。

幸い、私自身は仕事お休み期間のお陰で、前向きに接することができているような気がする。
今のマイブームは、あっち向いてホイ。
これが意外と効果ありで、常に物事に集中できず、この世の中から消えてなくなりたいばっかりのお母さんも、これをやっている間は我を忘れて楽しそう。私もお母さんも反応の悪さにいつも大爆笑!

神様、お母さんをどうぞお守りください。
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by kurukuruX | 2006-03-16 20:19 | おかあさん | Comments(0)

手術

お母さんの手術から丸2年。

癌を全然取り切れなかったわりに今は元気でホント何よりだ。

そういえば、あの手術から手術らしい手術をしてない気がする。


あの時、手術室では麻酔導入するまで、私は涙をポタポタこぼしながら、お母さんの手を握っていた。

後から聞くと、お母さんは全然覚えてなかったらしい。

シーツのこっちは見慣れたいつもの開腹手術の光景、シーツの向こうは挿管チューブをくわえた青白いお母さんの顔。

なんだかとても奇妙な感じだったなぁ。

手術では助手を努めたけど、最初は、身内にかかわらず、手術になればいつも通りにできるもんだなぁと感じてた。

でもオペが進むにつれ、お母さんの子宮にふと目がとまり、私を帝王切開で産んだ時に作られた子宮の傷跡を見つけた瞬間から、変な気分になった。

そして次第に、癒着した腸管がどんどんボロボロになっていくのが見ていられなくなって、気持ちが悪くなってしまった。

私はそれ以上続けられず、術野から降りることにした。
自分より下の先生に、助手を代わってもらった。


でも今は、あの時腹膜全体にどっさり残った病巣も、抗癌剤と私の介護のおかげ?で今は奇跡的におとなしくしている。

こんなこともあるんだ。

今となっては、オペも抗癌剤もやってきてよかったと心から思う。

神様、ありがとう!
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by kurukuruX | 2006-02-18 16:27 | おかあさん | Comments(2)

只今、二度目のドロップアウト中。


by kurukuruX