ドロップアウト産婦人科医の生活

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HDR-TG1

ずっと欲しかったビデオカメラ。

電気屋さんでふと目に留まり、一目惚れし、遂に買ってしまいました。

HDR-TG1

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かっこいぃぃぃー!

手に取るたびにテンションが上がります。

家電っていいなぁ・・・
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by kurukuruX | 2008-06-23 23:30 | その他 | Comments(4)

キュウちゃん 2008

お母さんも収穫を楽しみにしていた、キュウリがようやく大きくなってきました。

今年の第1号採れたてきゅうちゃんを早速、病室に持ってきました。

「どうやって食べたい?」と聞くと、

「半分に割って、味噌を塗って、カブりつきたい。」と、お母さん。

表面のイボイボは鋭くチクチクしていて、半分に割ると、水分がジュワーっと出てきます。

あまり食欲もなかったお母さんだったけど、「うまい、うまい」と、1本ペロリと平らげました。

雨が降って、これからどんどん収穫できるからね。
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by kurukuruX | 2008-06-19 19:58 | おかあさん | Comments(0)

医者の中の医者

お母さんは今、他の先生に診てもらっています。

ICUでの入院の途中から、私はお母さんの主治医をやめました。

少しお休みして出てきた精神的余裕や最後までお母さんの希望通りにベストが尽くせる自信もあるつもりだったけど、いろいろ悩んだ挙句、やっぱり代わってもらうことにしました。

バトンタッチした瞬間、「もう自分でいろいろ決めなくてもいいんだ。」

プレッシャーから解放されたせいか、スーッと気が楽になりました。

その先生は、手術も上手くて、話し方も指示も手技もエレガントで、緩和医療にも熱心で、
医師としてお手本のような先生です。


自分の身内を任せられる先生。


それこそが正に、究極の信頼がおける医者なのかもしれません。

そんな先生が身近にいてくれて、本当によかったなぁと思います。


そして、お母さんは

「くれぐれも延命治療はしないで下さい。」

落ち着いて先生に話していました。


ところで、自分が働く病院に入院しているので、毎日、仕事の合間に病室へ覗きに行けます。

一般的には、家族が病気になった時、付き添いのために、仕事を休んだりして苦労するのが普通ですが、私の場合、仕事をしながら傍にいることができる。

今こうしてみると、最初の病院選びから、自分の仕事との兼ね合い、お母さんの治療へと、
今まで悩みながらも選んできた道がどれも間違いではなかったんだとしみじみ思えます。

一日のうち何回も、私がお母さんの顔をのぞきにくることを、お母さんはとても安心だと言ってくれました。

そんな言葉が聞けただけでも、私はとても報われた気持ちでいっぱいになれるのです。
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by kurukuruX | 2008-06-17 23:56 | おかあさん | Comments(2)

5年目

畑の仕事も5年目に突入し、かわらず、庭の一角でせせこましく続けています。

残念ながら、畑の拡大は実現されていません。

最初は、テキスト「趣味の園芸」片手に悪戦苦闘した日々でしたが、今では随分こなれた感じになってきました。

最近は、仕事も忙しくなってきたので、畑の主役は、手のかからない「ネギくん」でいっぱいです。

朝の味噌汁やそうめんの薬味に、一本ずつ抜いてきて堪能しています。

ん~、いいにおい。

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油断していたら、ネギぼうずが爆発していました。

子孫繁栄させてあげることにします。
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by kurukuruX | 2008-06-14 10:15 | 畑の世話 | Comments(0)

今日も見てしまった

今やっている 「Around 40」

激しく自分とカブると、痛々しく思いながら、でも結局見てしまう一人です。

うぅ~、テレビの思うツボだ~。
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by kurukuruX | 2008-06-13 23:02 | その他 | Comments(2)

再開してみます

おひさしぶりです。

一旦はやめようと思ったブログですが、何だか削除できないまま、2年近く経ち、最近また書きたくなってしまいました。

今までいろいろありました。


実は、お母さんは再発しました。

ブログをやめた後、しばらくの頃です。

あれから、私は常勤に戻り、自分の病院で、お母さんの治療を主治医として診ることにしました。

最初は症状もなく、腫瘍マーカー上昇だけの再発所見で始めた化学療法でした。

検査のわずかな異常にも神経質になってる私とは対照的に、当時のお母さんは、

「何にも症状ないのに、どうしてまた抗がん剤やらなくちゃいけないの?」

と不服そうでした。あんなに辛かった抗がん剤だったからね、そりゃそうだよね。

自分が今まで得た経験や知識や人脈を駆使し、様々な先生からもいろんなアドバイスをもらいながら治療にあたりました。

いつもよく使う馴染みの薬でも、いざ自分の母親に使うと思うと怖気づきました。

使ったことのない薬や認可されていないものは尚更です。怖くて断念した薬も幾つかあります。

でも自分ながら、よくやったと思っています。

お母さんを説得し、薬の効果に一喜一憂し、祈るような思いで、今まで1年半にわたり、様々な薬を試してきました。

パクリタキセル
カルボプラチン
イリノテカン
シスプラチン
ジェムシタビン
ドセタキセル

肝臓転移には、ラジオ波焼灼術も2回やりました。

でも再発した癌の勢いは止まりません。

「いつまでやるの?」「これやったら終わり?」

お母さんは、よく私に聞くんだけど、ごめんね、ちゃんと返事できなくて。

人間、どんなに辛く苦しい治療でも、治る見込みがあるから頑張れるんです。

先の見えない治療をまた繰り返す日々。自分だったら頑張れるだろうか。

ほんとよく頑張ってるよ、お母さん。

最近ちょっと元気がないなぁって気になってたある朝、荒い呼吸をしながら

「体がだるくて起きられない」

ってお母さん。

触ってみると、手足が氷のように冷たくなっていました。

家庭用血圧測定も、「測定不能」になっちゃうし、慌てて入院させてみたら、心タンポナーデになっていました。

癌性心膜炎になっていました。

私は初めて遭遇した、思いもかけない急激な再発症状に驚き、そしてそこまで進んでしまった現実に打ちひしがれました。

でも、循環器や外科の先生達に助けてもらって、退院するまでに回復し、今は家で静かに過ごしています。

そしてもうこれ以上の抗がん剤はやめることにしました。

ICUで、酸素マスク越しに「このまま死んじゃうの?」とお母さんに聞かれた時、
私は、もっと早く抗がん剤やめておけばよかったと後悔しました。

そして、泣いて言葉が出ない私を見て、

「自分を責めちゃいけないよ。」とも。

「こんなに沢山治療やったんだから悔いはない。」って。

心嚢水や胸水も抜けて、体も次第に楽になり、家に帰ることもできて、例えこれが一時的でも、本当によかった。

私が「もう抗がん剤はやらないから」って言ったら、お母さんはそれはそれは嬉しそうでした。

退院の目途が立つと、お母さんは、家に帰ってからのやることリストを書き出していました。

友達とお茶したり、お見舞いのお返しを送ったり、定期預金を下ろしてきたり。

気付くと、鬱はすっかりなくなったようで、いつもの抗鬱剤も、いいのか悪いのか、袋の中にしまわれていました。

ちょっと長く歩いたり、喋ったりすると息が上がってきますが、今は早起きして時々ご飯も作っています。

主婦の仕事ができることがとても嬉しそうです。

これからは、お母さんらしく、好きなように過ごしてね。

私もつい不満ばかりの日々だったけど、もう一度、一分一秒を大切に、今を感謝していけるようにしていきたいです。

そんな気持ちでまた始めてみます。


神様、お母さんをどうかどうかお守りください。
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by kurukuruX | 2008-06-06 00:32 | おかあさん | Comments(3)

2年ぶり

そぉぉぉ・・・


ちょっと再開してみようかと。
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by kurukuruX | 2008-06-01 21:18 | その他

只今、二度目のドロップアウト中。


by kurukuruX